大判例

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高松高等裁判所 昭和26年(う)265号 判決 1952年8月30日

控訴人 被告人 古田光明

弁護人 品川書記一

検察官 田中泰仁関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を第一、二の罪につき各罰金壱千円第三乃至八の罪につき各罰金参千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人品川書記一及び被告人の各控訴趣意は夫々別紙に記載の通りである。

本件記録を精査し総べての証拠を検討するに

一、本件公訴事実はミシンの製造販売業者である被告人はその製造場より移出したミシンに付その数量及び価格を記載した申告書を翌月十日迄に政府に提出すべきものであるが、被告人は昭和二十三年五月八日より昭和二十四年五月十三日迄の間に、起訴状の別表記載の通り、ミシン合計十六台を十五万二千九百円で製造場より販売移出したのに拘らず、その申告書を提出せず、その税額二万六千六百九十円の物品税を各納期迄に納付せずして逋脱したものである、と言うのであるが、原審第四回公判において右訴因中税額逋脱の部分は撤回せられ、原審は被告人が右申告書の提出を怠つた事実を認めて物品税法第八条第十九条を適用して被告人を罰金五万円に処したのである。

控訴趣意は被告人は他からミシンの部分品を買い集めてこれを組み立てて販売したのであつて、ミシンの製造者ではないから右法令の適用を受けるものではないと言うのである。

元来機械の製造過程においてその部分品の組み立て、仕上げはその最後の段階をなしその過程の一部をなすものであり、これによつて機械は完成品となるのである。完成品であるミシンを製造場より移出する場合その数量及び価格を政府に申告すべきこととした以上ミシン製造の一貫作業をなすと又各種の部分品を買い集めてミシンを組み立てて販売するものであるとを問わず、いずれも物品税法第八条の製造者として、自ら完成したミシンをその作業場より移出した場合これにつき右申告義務があるものと言わなければならない。右申告は物品税の課税標準額決定の資料ではあるが、論理上物品税納付義務があるから右申告書を提出するのではなく、原則として右申告書を提出してしかる後にその義務が確定すべきものであるから、右物品税納付義務の有無に関係なくその申告義務は発生するものと言うべきである。

被告人には本件申告義務がないとの論旨は理由がない。

一、原判決は物品税法第八条第十九条刑法第四十五条の外刑法第四十八条を適用しているが、物品税法第十九条の法定刑は罰金又は科料のみであり、同法第二十一条により刑法第四十八条第二項の適用は除外されているから、原判決には法令の適用に誤りがあり、この誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである。

よつてその余の論旨についての判断を省略して刑事訴訟法第三百八十条第三百九十七条により原判決を破棄し、同法第四百条但し書きの規定に従い当裁判所は判決する。

罪となるべき事実及びこれを認める証拠は原判決の示す通りである。

(法令の適用)

第一、二事実につき刑法第六条第十条、昭和二十三年七月七日法律第百七号による改正前の物品税法第八条第十九条。第三乃至八事実につき右法律第百七号による改正後の物品税法第八条第十九条なお第一乃至七につき刑法第六条第十条罰金等臨時措置法第二条第一項により同法律による変更前の罰金額により、第八については同措置法により変更せられた罰金額に従う。いずれも罰金刑選択。

刑法第四十五条前段物品税法第二十一条刑法第十八条第一、四項刑事訴訟法第百八十一条第一項

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)

弁護人品川書記一の控訴趣意

第一、原審判決には重大なる事実の誤認がある。

一、原審公判廷に於ける被告人の供述如何に拘わらず、被告人はミシンの組立販売業者であつて、断じてミシンの製造販売業者ではなかつた。そのことは本件記録の全体に亘つて明白なる処である。

二、被告人が製造販売業者であるとの証拠は、被告人の供述以外には絶対に存在しない、之に反し組立販売業者であつたことの証拠は本件記録のいたる処に存在する。

三、左れば原審が被告人をミシン製造販売業者であつたと認定せられたのは、犯罪の成否に関する重大なる誤認である。

四、原判決は此の重大なる事実の誤認に因て、破棄せらるべきである。

第二、原審は罪とならない被告人の行為を有罪として処断せられた違法がある。

一、第一に記載のように、被告人はミシンの製造販売業者でないのに拘わらず原審は被告人をミシンの製造販売業者であつたとして有罪の判決を言渡されたのは不法である。

二、原審公判調書に依れば証人兵藤昭税務官はミシンの部分品を購入して組立てた場合には製造業者として取扱つている。それは昭和十六年十二月収秘第七六に依て看做制度になつているからであると供述しているが、前記収秘は大蔵省の意見に過ぎない。此の収秘を金科玉条として組立業者を製造業者と看做すことは誤も甚しい。若し斯かる一片の文書を金科玉条として法を解釈運営するならば、それこそ法は拠らしむ可し、知らしむ可らずの旧幕時代の法制に逆航するものであつて、断じて法治国の行く可き道ではないと信じて疑わない。

三、刑罰法規の解釈として、類推解釈又は拡張解釈の許されないことは言を俟たない。組立行為と製造行為とは出来上つたミシンそのものを観れば、二者全然同一であつて何等異なる処はないが、その出発点と道程とは全然異り、組立行為は絶対に製造行為でない。両者は混同すべきでない。

左れば製造業者を取締る罰則を類推又は拡張して、組立業者を罰することは断じて許さるべきでない。

四、尚前記収秘の看做制度によるミシン組立業者をミシン製造業者と看做して課税することについて、全国税務署の方針は必ずしも一定していない。或る税務署は脚とテーブルは課税済として之に課税せず、或る税務署は頭部、脚、テーブルの揃つた完成したミシン一台として課税するとのことであるが、此の点については正確なる調査をすることが不能であるから御参考までに記して置きます。

五、以上の次第で、ミシンの組立業者であつた被告人を、ミシンの製造業者であつたとの前提の下に、被告人に有罪の判決を言渡された原審の判決は違法であり、破棄を免れない。

第三、仮に有罪としても原審の量刑は重きに過ぎる。

一、第一審公判調書によれば、前掲証人兵藤昭税務官の証言に依れば、組立業者が使用する課税済の部分品については、部分品製造業者の課税済の証明書を提出すれば組立てたミシンには課税しないが、本件に於ては証明書が提出されなかつたから二重課税になるのも已むを得ないとのことである。部分品課税済の証明書を提出すると否とに拘わらず、部分品はその製造場から搬出せられた際に課税せられたものであると看るべきであり、物品税が課せられないで製造場を搬出せらるることは犯則であつて、その犯則ありと疑うことは刑事事件の容疑者を真犯人ではないかと疑うと同様であつて不当である。納税していない部分品であるとの反証がない限りは課税済の部分品と看做すべきである。故に被告人が組立てたミシンには実質上課税せられべき筋合のものでない。唯だ被告人が手続を怠つた為に課税せらるべきものとなつたに過ぎない。犯情誠に憫諒すべきものがある。

二、法の知識のない被告人は観念して税務署から通告を受けた罰金の内既に壱万参百四十円を納め、その余は通帳を税務署に預けて分納せんと努力したが生活に追われてその分納も履行することを得ず、税務官から告発せられ本案となつたものであることは本件記録に依て明白である。左れば被告人の心境についても大に同情すべきものがある。

原審が以上諸般の事情を看過して被告人に罰金五万円の厳罰を科せられたのは科刑洵に重しと言わなければならない。依て原判決を破棄して、被告人を科料又は極めて軽き罰金刑に処せられんことを懇願致します。

被告人の控訴趣意

原審は法律の解釈を誤つて無罪の事実に対し有罪の判決を言渡したので刑事訴訟法第三百八十条の法令の適用を誤り、その誤が判決に影響を及ぼす場合にあたると考え控訴致しました。この事件は被告人はミシンの製造業販売業を兼ねていたが製造したミシン十六台を工場から移出したことの申告を税務署にしないで物品税金二万六千六百九十円を逋脱したとの理由で起訴されました。ミシンの数量、価格には別に争はありません。訴因に対して一審弁護人は被告人はミシンの部分品を買集めて被告人の宅でミシン機械を組立てたものに過ぎないと主張し、その事実は原審の唯一の証人である税務官吏の証言によつても明白に立証が出来ましたので無罪を主張して弁論を終つたのであります。その理由は、イ、被告人が買集めたミシンの部分品は物品税法制定の当初から同法第一条第壱種に属する部品としてその類及号は度々改廃がありましたが引続き課税の対照となつています。ロ、課税の手続として同法第八条によつて部分品の製造者は製造場から移出した品名毎に数量及価格を記載して翌月十日迄に税務署に申告させています。ハ、部分品で売らずミシンに組立て製造した者は勿論、製造場から移出した際にその申告をして課税を受けねばならぬ。税率は部分品の場合でも完成ミシンの場合でも同じことであります。ニ、従つて被告人が組立てたミシン機械はその部分品を被告人が買う前に各部分品製造業者がこの工場から移出した際に課税されている。若し被告人が組立てたミシンに対してミシン製造者として課税されることになると部分品の移出の際に一回課税され、組立完成後に更に課税される。即ち同一物件に対して二重課税となり、商売も出来ません。税率も変更はありましたが相当高率であります。ホ、以上の次第でミシンの部分品を買集めてミシンを組立てて販売した被告人の行為に対しては物品税逋脱の事実は認められない。起訴すべき事案でない。というのでありました。

検察官は弁護人の主張に対して反省されて判決言渡の期日に弁論再開を申請し上記の訴因を「被告人は物品税法第八条により被告人が製造したミシン十六台を製造場から移出した際に翌月十日迄にその数量及価格を政府へ申告する義務があるのにその届出を怠つた。」ことに変更された。被告人もその変更に同意し、届出をしていないことは争いません。そこで原審裁判所は起訴事実を全面的に認容して被告人に対して有罪として罰金刑の判決を言渡されたのであります。本件の解決のキイポイントはミシンの部分品を買集めて組立てていた被告人は物品税法第八条によつて組立工場からミシンを移出した都度申告の義務があるか無いかの一点にかかつています。被告人は申告義務はない。原審が申告義務があると認められたことは法律の解釈を誤つている。従つて被告人は無罪だ。一審の判決を取消して刑事訴訟法第四百三条により公訴棄却の決定がある可き事案だと確信致します。その理由は第一審の裁判の経過を述べましたところではつきりして居ますが蛇足を加へますと、

一、物品税法第八条第三項に「申告書の提出なきときは政府はその課税標準額を決定する」と規定しているところから見てもこれは課税のために申告義務を負はしていることが明かであります。この申告義務を怠つた者をはじめは最高千円、昭和二十二年十二月一日からは五万円、昭和二十三年七月七日以降は十万円以下の罰金又は科料を以つて処罰していますが納税の義務もない者に申告義務を負担させ違反者にこんな高額の罰金を申渡す理由がない。第八条の申告義務は納税義務者に脱税を防ぐため申告義務を負はして居るものとの外解釈出来ません。

二、製造者とは文字の解釈上も単に組立てるにすぎない者は指していない。ラジオ、自転車の部分品を買集めて自転車やラジオを組立て販売している者はラジオ屋、自転車屋とは呼ぶが自転車製造者、ラジオ製造者とは言わない。

三、自転車、三輪車で乗用に使用するもの(物品税法第一条第一種丁類三十四、戊類六十参照)は各部分品に対しては課税していない。従つて部分品を買集めて乗用自動車、乗用自動三輪車を組立てた場合申告義務者は勿論この組立てられた製品の移出の場合の製造と見る可き組立者であることは間違いない。それは部分品の移出には課税されていないから。然し時計やミシンの如く部分品にも課税されるものは部分品の工場から移出のとき課税した上、更に組立てられた時計やミシンに同率の現行法上軽くはなつたが尚高率の課税がされることは不合理である。課税は特別の理由のない限り一度でよい。

被告人はミシンの組立を業とする者だから二重に税金を支払う必要はないが仮に物品税法第八条によつて組立てたミシンを移出した場合その届出義務はあつたと致しましても被告人が届出を怠つたことによつて国に何等の損害を与えていません。従つて一審の罰金は余りにも重すぎます。精々二、三千円程度の罰金で充分な事案だと考えます。

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